作品の特徴 Feature
日本を代表する抽象彫刻家。
東京都庁舎など多くの公共建築にパブリックアートを残しています。 1967年に大規模パブリックアートの設計としては初めての仕事として、靖国神社の無名戦士のための記念碑「慰霊の泉」を完成させたのを皮切りに、箱根彫刻の森美術館や池田20世紀美術館などの建築・都市計画の設計監理を行い、東京芝公園近くの「my sky hole 93-3 手まり坂」や、滋賀県大津市の「my sky hole 97-2 水面への回廊、琵琶湖」などの広場を設計デザインするなど、作品制作の幅はモニュメント彫刻制作の域から大きく飛躍するものでした。 |
また海外での活動も精力的に行い、国立ベルリン美術学校での客員教授就任やパリのポンピドー・センターで「My Sky Hole」の映画上映が行われた他、大規模な個展をも成功させながら、1994年にはドーバー海峡の英仏を結ぶユーロトンネルの開通記念モニュメントを設置しました。
国内でも中原悌二郎賞や吉田五十八賞、芸術選奨文部大臣賞など、彫刻や建築に関わる多くの賞を受賞し、公共空間の造形美術の旗手として活躍が期待されていた1997年、67歳の若さで急逝されました。
略歴 Biography
年 | 内容 |
1930 |
(12月8日)奈良県宇陀郡室生村字瀧谷368番地に生まれる
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1951 |
武蔵野美術学校(現武蔵野美術大学)彫刻科に入学、第15回自由美術家協会展に「若きヴァイオリニストの手」「若者の首」を出品、初入選
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1961 | 第1回宇部市野外彫刻展に出品 |
1962 |
第5回現代日本美術展に「間」を出品、優秀賞 受賞、第7回サンパウロ・ビエンナーレに「円とその周辺」、「貌」、「面と凸」を出品
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1966 |
アントワープ国際野外彫刻展に「Question No.180-66」を出品
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1967 |
靖国神社の無名戦士のための記念碑「慰霊の泉」を制作
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1968 |
第1回神戸須磨離宮公園現代彫刻展に「浮いた箱」を出品、大原美術館賞 受賞
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1969 |
井上武吉空間造形研究所を設立、箱根彫刻の森美術館の建築・都市計画の設計監理、東京・フジテレビに「メイン広場のためのモニュメント」を制作
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1970 |
シンガポールのロイヤルホテルの前庭の基本計画、箱根彫刻の森美術館「子供の広場」の設計監理
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1972 |
第3回神戸須磨離宮公園現代彫刻展に「都市論のための拡大定規」「The Outer Space Test Box」を出品、神戸教育委員会賞 受賞
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1973 |
第1回彫刻の森美術館大賞展に「The Outer Space Test Box」を出品、武蔵野美術大学 教授に就任
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1974 |
武蔵野美術大学 教授を辞任、ドイツ文化庁の招きにより西ベルリンに滞在(~1975年)
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1975 | 池田20世紀美術館の建築・都市計画の設計監理 |
1979 |
第1回ヘンリー・ムーア大賞展<招待部門>に「溢れる No.8」を出品、優秀賞 受賞
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1980 |
パリ・ポンピドー・センターで『My Sky Hole』の映画上映
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1981 |
アーヘン市立ノイエ・ギャラリー=ルードヴィッヒ・コレクションで個展『My Sky Hole』
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1982 | 日仏日本人美術クラブの結成に参加 |
1984 | 帰国 |
1985 |
『井上武吉新作展-My Sky Hole 迷路宇宙 イメージ』(東京都美術館)
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1986 |
紫綬褒章 受章
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1987 | |
1991 | 第22回中原悌二郎賞 受賞(「my sky hole 91-6」)、伊丹市平和モニュメント、「my sky hole 91-4 ITAMI」(兵庫県伊丹市)を設置 |
1992 | 吉田五十八賞 受賞 |
1994 | ユーロトンネル開通記念モニュメント「my sky hole 94-4 CALAIS Document of Cutter-Head」(フランス カレー市)を設置 |
1995 | 芸術選奨文部大臣賞 受賞 |
1997 |
(9月26日)急性心筋梗塞のため横浜市内の病院で逝去
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鑑賞できるパブリックアート Other Works
備考 Remarks